大阪地方裁判所 平成3年(ワ)8012号 判決 1992年9月07日
主文
一 被告は、原告に対し、
1 金二〇一九万五八九〇円及び内金二〇〇〇万円に対する平成三年八月三〇日から同年一〇月一〇日まで年一・七五パーセント、同月一一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員
2 金一億七二五五万二一四五円及び内金一億七一四五万九二六九円に対する平成三年九月二日から同年一〇月一〇日まで年一・七五パーセント、同月一一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員
3 八万九八六六円及び内金八万九八五五円に対する平成三年八月一五日から同年一〇月一〇日まで年一・七五パーセント、同月一一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員
4 金二万七七七九円及び平成三年一〇月一一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員
を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
理由
【事 実】
第一 申立
(原告)
一 被告は、原告に対し、以下の金員を支払え。
1 金二〇一九万九八〇八円及び内金二〇〇〇万円に対する平成三年八月三一日から同年一〇月一〇日まで年一・七五パーセントの割合による金員。
2 金一億七二五五万二一四五円及び内金一億七一四五万九二六九円に対する平成三年九月二日から同年一〇月一〇日まで年一・七五パーセントの割合による金員。
3 八万九八六七円及び内金八万九八五五円に対する平成三年八月一五日から同年一〇月一〇日まで年一・七五パーセントの割合による金員。
4 金二万七七七九円。
5 右1ないし4の合計額に対する平成三年一〇月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 仮執行の宣言
(被告)
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 主張
(原告)
[請求原因]
一 原告は、被告大阪支店に対し次のとおり定期預金をなした。
1(一) 預金額 二〇〇〇万円
(二) 期間 五一日
(三) 預入日 平成三年七月一一日
(四) 満期日 右同年八月三一日
(五) 利率 年七・一五パーセント
2(一) 預金額 一億七一四五万九二六九円
(二) 期間 三三日
(三) 預入日 平成三年七月三一日
(四) 満期日 右同年九月二日
(五) 利率 年七・〇五パーセント
二 平成二年一〇月四日、原告は、被告大阪支店に普通預金口座を開設し、平成三年八月一五日現在の普通預金元本額は八万九八五五円であり、同月一四日までの利息額は一二円であつた。
三 平成三年五月九日、原告は、被告大阪支店に当座預金口座を開設し、平成三年八月一五日現在の残高は二万七七七九円であつた。
四 被告銀行の普通預金利率は、年一・七五パーセントである。
五 前記各定期預金の満期日は経過しており、原告は、被告に対し、平成三年一〇月一一日本件訴状を以て右各定期預金、普通預金、当座預金の払い戻しないし返還を求めた。
六 よつて、原告は、被告に対し、定期預金については元本及び預入日から満期の前日までの約定利息、満期日から返還請求の日の前日までの普通預金利率による約定利息、普通預金については返還請求の日の前日までの元利金、当座預金については残高の返還を請求すると共に、これら元利合計額に対する返還請求をなした訴状送達の日である平成三年一〇月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告)
[請求原因に対する答弁]
一1 第一項については、原告名義で同項の定期預金契約がなされたことは認める。ただし、右定期預金の期間は五〇日であつて、満期日は平成三年八月三〇日である。
2 第二項、第三項については、原告名義で各項記載内容の預金契約が締結されたことは認める。ただし、第二項の利息額は一一円(税引後の額)である。
3 原告主張の各預金債権は、抗弁事実一項の1ないし4記載の事情から、実質的には原告会社の代表取締役であつた訴外尾上縫(以下単に「尾上」という。)に帰属するものである。
二 第四項、第五項は認める。
三 第六項は争う。
[抗弁]
一 相殺
以下のような事情により、原告は原告会社の代表取締役であつた訴外尾上の個人会社で、原告と訴外尾上は実質的に同一人であつて、原告主張の各預金債権は実質的には訴外尾上に帰属し、税務対策上はともかく、訴外尾上と被告会社との間では、訴外尾上と原告会社の財産は完全に一体であるとの共通の認識があつたものである。そこで、被告は、訴外尾上に対し、平成三年八月一五日、右尾上に対する貸付金債権六三八億四〇〇万円を自働債権として、右預金の元本一億九一五七万六九〇三円と税引後利息五〇万七一一九円の合計金一億九二〇八万四〇二二円の債権とを対当額において相殺する旨通知したから、同日原告主張の債権は消滅した。
1 原告会社の設立にあたつては、発起人として訴外尾上ほか六名が名を連ね、訴外尾上が五九九三株、他の発起人六名を含む七名が残りの七株を各一株ずつ引き受け、払込をしたことになつているが、実際には訴外尾上が全額を捻出したもので、他の七名は払込名義人に過ぎない。
2 原告会社では、創立総会は議事録が作成されたのみで、実際には開かれていない。
3 少なくとも本件相殺のときまでは、原告会社の業務は、訴外尾上が有する二棟のビルを借り受けてこれをテナントに転貸するというものであつたが、このビルの直接の管理業務は他の業者に委託しており、原告会社の経営努力はまつたくなく、形式的に介入していたにすぎなかつた。これ以外には、原告の業務は、訴外尾上が払込んだ株式の払込金を定期預金等により運用し、その利息を得ていたに止まる。
4 この様な次第で、原告会社の資産は、実質的にはすべて訴外尾上の資産であつて、本件定期預金等も実質的には訴外尾上の資産から捻出されたものであるからすべて同人に帰属するものである。
[抗弁に対する答弁]
一 被告主張の日に相殺の通知があつたことは認めるが、相殺の内容については不知。相殺の効果については争う。
原告会社の発起人、株式引受人、引き受けた株式の数が被告主張のとおりであること、すべての引受金を訴外尾上が捻出した事実、原告会社の創立総会で議事録が作成された事実、原告会社が被告主張の業務を行つていた事実は認め、その余は否認。
二 被告の主張は、原告と訴外尾上との実質的同一性を根拠に原告の法人格を否認し、原告の預金債権は訴外尾上に実質的に帰属するとして、訴外尾上に対する債権をもつて相殺したというものと解されるが、単に実質的同一性があるのみでは、法人格を否認することはできない。
原告は、被告におけるプライベートバンキング推進のモデルケースとして、訴外尾上の資産の運用の一環として、被告が発案して設立手続きの説明をなし、資料提供、出資金の振込銀行になるなど被告のアドバイスにより設立され、発起人の一人は被告大阪支店の元副支店長の妻の姉婿であり、原告の存在は、被告大阪支店長や人事部長、頭取に認知されていた。このような事情からすれば、被告は原告の法人格の形成に加功したものであるから、法人格否認の法理を援用し、原告の取引先であるテナントの保証金返還請求権の引当になつている原告名義の預金債権と被告の訴外尾上に対する債権との相殺を主張できる立場にはない。
第三 証拠《略》
【理 由】
一 第一項ないし第三項の内容の預金契約が原告名義で締結されたこと及び第四項、第五項は当事者間に争いがない。
ただし、第一項の定期預金の期間については、これが五〇日の限度で、第二項の利息額については、一一円の限度で争いがないもので、これを越える利息額についてはいずれも認めるに足りる証拠はない。
二 被告は、名義はともかく実質的には、本件各預金債権は訴外尾上に帰属するもので、右債権は被告の同訴外人に対する債権をもつてなされた相殺によつて消滅したと主張し、本件各預金債権が訴外尾上に帰属する事情を種々述べる。
しかし、甲一号証の元日本興業銀行大阪支店副支店長鈴木和男の検察官に対する供述調書によれば、「資産管理的な法人として昨年つまり平成二年八月に、オーエヌインターナショナルを設立する際も、日本興業銀行として設立手続きを説明し、資料を提供し、出資金の振込銀行にもなるなどしてやりました。」との記載があるとおり、原告は、訴外尾上の資産管理会社として設立され、被告もこの設立に関与していたというのであるから、被告としても訴外尾上と原告会社が法律上別人格であることを十分認識したうえで、右管理会社である原告名義の資産として本件各預金を受入れたといわざるを得ない。
さらに、原告会社が独自に経済活動をしていることは被告においても自認するところである。
そうだとすると、たとえ被告が本件各預金は訴外尾上に帰属するとして主張する事情が認められるとしても、特段の事情がない限り本件各預金契約の当事者を訴外尾上であると認めることはできないし、法人格否認の法理を適用して同訴外人に対する債権と相殺をすることができないのは明らかである。
三 そうすると、原告の本件預金債権及び前記限度の利息の請求は理由があるところであるが、さらに、原告は、第六項において、第一項、第二項記載の各定期預金の利息及び第四項記載の普通預金の利息について、訴状送達の日である平成三年一〇月一一日から遅延損害金の支払を求める。しかし、民法四〇五条及び四一九条の趣旨によれば、この遅延損害金は、一種の重利に相当するものであつて、法定の要件ないし当事者間の約定がないかぎり請求することはできないところ、このような事実の主張立証はないから、利息分について遅延損害金を求める原告の請求は理由がない。
四 よつて、原告の本訴請求は、右限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担、仮執行宣言については民訴法八九条、九二条但書、同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 阿部静枝 裁判官 難波 宏)